学長メッセージ
観光と芸術文化の復興学長 平田オリザ
新しい大学を、皆さんと共に創りたいと思います。
明治以来、日本の多くの大学は国家の繁栄のために、その礎となる人材を輩出してきました。
戦後は、地域の経済発展や社会の安定のために、多くの公立大学が生まれてきました。そこでは、その時代に、その地域に必要とされる人材を育成してきました。
しかし、私たちがいま目指す新しい大学は、地域を楽しくする大学です。人の心を優しくする大学です。そして、世界から人々を呼び込むための知恵をこらす大学です。
それは、いま地域に必要とされる技術を持った人材とは限りません。地域の未来をひらき、新しい可能性を発見する人材かもしれません。
観光は、日本に残された数少ない成長産業と言われています。しかし、それが経済効果だけにとどまっていては、その価値は半減してしまいます。世界中の人々が日本を訪れ、日本を好きになってもらうこと、また逆に若い皆さんが海外に出て行き、多様な文化に触れ、世界中に友人を作ることが平和への大きな貢献となります。
私たちが目指す地域を楽しくする大学は、地球を楽しくする大学であり、世界を平和へと導く大学でもあります。
観光の語源は、「国の光を観る」という中国の古典にあります。しかし、自家発光する物質は、地球上にほとんど存在しません。そこに光を当てるのが芸術の役割です。
この新しい大学は、芸術文化と観光を結びつける日本で初めての学びの場になります。
人間は、見られないものを見たいと思う生き物のようです。
今から51年前、日本人は、アポロ12号が持ち帰った「月の石」を見るためだけに3時間、4時間と炎天下に並びました。当時、世界中の文物を見ることのできる万国博覧会に日本人は熱狂しました。
いま世界との距離は縮まり、情報はインターネットで瞬時に得られる時代です。
観光が、単なる「物見遊山」だった時代は終わりました。すべてのことを見られるようになってしまったからです。
それでも、私たちには、やはり見られないものがある。
それは人間の心の中です。
芸術は、その心の中の様々な喜びや怒りや屈折を、色や形や音や言葉にします。
芸術は、見慣れた風景を刷新させます。
芸術は、異なる価値観や文化背景を持った人々を繋いでいきます。
そして、そこで出来上がった舞台や音楽や美術を、観光を通じて人々とつなぐのが、「芸術文化観光」の役割です。
優れた芸術や文化を、多くの人に見てもらえるような工夫、地域の誇りとなるような仕掛け、そんなことを皆さんと一緒に考えていきたいと願っています。
2020年、世界は、これまで経験したことのない厄災に見舞われました。
新型コロナウイルスの猛威が、様々な形で社会に影響を及ぼし、経済活動を停滞させました。
その中でも、観光業と、演劇や音楽などのライブエンタテイメント産業は、最も早い段階から打撃を受け、そして今後の回復も最も遅くなるだろうと予想されています。
この二つの産業は「人を集めること」で収益を上げる、同じ構造を持っているのですが、今回のウイルス禍では、それができなくなってしまいました。最も痛いところを突かれたと言ってもいいでしょう
では、この二つの産業の未来は暗いのでしょうか?
私はそうではないと考えます。
例えば音楽産業では、この二十年、CDの販売は右肩下がりでしたが、ライブの売り上げは四倍に増えたといわれています。インターネットの時代だからこそ、人々は、生の芸術に触れたいと考えてきたのです。
このウイルス禍の先にも、同じ現象が起こると思います。
人と触れ合うことのできない時間が長かったからこそ、これから人々は、より緊密な生の触れ合いを求めることになるでしょう。
私たちは、今回、大きなダメージを受けた観光業、ライブエンタテイメント産業の復興を担う人材を育成するという、新たな社会的使命を背負ったと自覚しています。
皆さんとともに、芸術文化観光の未来を切り開いていきたいと願っています。
また、今回のウイルス禍は、都市への人口集中の問題も浮き彫りにしました。
今後、人口分散と、そのための地域振興は、日本全体の課題となっていくでしょう。
観光と芸術文化は、これからの地域活性化のための切り札と考えられています。この専門職大学は、観光振興や芸術文化振興を通じて、豊かな地域社会を作り出す、その新時代を担う人材の育成を目標としています。
ここで言う「地域」とは、国内の「地方」だけを指すのではありません。国内外の地域と地域を結びつけ、観光やアートを通じて、直接的に人を呼び込む流れの工夫を、私たちは作っていきたいと考えています。
日本で初めての「芸術文化観光」を深く学ぶ公立大学が、大都市圏ではなく、この但馬の地に開設されることは、まさに時代を象徴した出来事だと感じます。私たちはここから、日本と世界の未来のカタチを創っていきたいと思います。
- Profile
- 1962年東京生まれ
劇作家・演出家・青年団主宰
こまばアゴラ劇場芸術総監督
1995年『東京ノート』で第39回岸田國士戯曲賞受賞
2006年モンブラン国際文化賞受賞
2011年フランス文化通信省より芸術文化勲章シュヴァリエ受勲
2019年『日本文学盛衰史』で第22回鶴屋南北戯曲賞受賞
