スペシャル
2021年11月16日
フロントランナーに聞く ~ 芸術文化 × 観光の現場から ~

公益社団法人 山形交響楽協会専務理事 兼 事務局長の西濱秀樹さん(左)
本学副学長の藤野一夫教授(右)
第2回 西濱秀樹氏(公益社団法人 山形交響楽協会専務理事 兼 事務局長)
「オーケストラのある、小さな街で」
本学では、芸術文化と観光のふたつの視点を持ち、地域を活性化させるプロフェッショナルを育成します。目指すのは、分野を越えた知識・スキルを掛け合わせ、新しい可能性を生み出す力。すなわち、"越境する力"を持つ人材です。
この特集では、本学が目指す育成人材像として、異なる分野をつなぎながら、芸術文化や観光のフィールドで活躍されている"越境者"にご登場いただき、これまでのキャリアや、ジャンルにとらわれない活動に必要な資質・スキルなどについてお話を伺います。
第2回のゲストは、山形県山形市で49年の歴史を持つオーケストラ「山形交響楽団」(以下、山響)の専務理事・事務局長の西濱秀樹氏。聞き手は、本学の教員であり、アートマネジメントや文化政策を専門とする藤野一夫副学長。オーケストラの経営に携わるまでの経緯や山響でのマネジメントの取り組み、地方都市でのアートマネジメントに求められる資質についてお話を伺いました。
~文化的な共通言語を育む~
藤野一夫副学長(以下、藤野):西濱さんは、大阪府門真市に拠点を置く関西フィルハーモニー管弦楽団(以下、関西フィル)を再建し、現在は山響の専務理事・事務局長としてマネジメントをされていて、音楽マネジメント界のフロントランナーとして注目してきました。関西フィルは関西圏の大都市での活動がメインで、山響はいわゆる地方都市を拠点にしています。違った環境でオーケストラの経営をされるうえでご苦労もあるかと思いますが、山響が地域社会で持つ可能性についてお話いただけますでしょうか。
西濱秀樹氏(以下、西濱):山形市の人口は25万人弱で、山形県全体でも104万人ほど。山形は小さな街ですが、1972年設立からの49年間で延べ300万人が山響を聴いたことがあるんです。学校で演奏を行う「スクールコンサート」という取り組みを楽団創立から今までに5200回以上開催していて、山形の人は義務教育期間中にオーケストラの生の音を体験できるからです。日本全国を見てみても、街にオーケストラがあることは当たり前ではありません。文化的な経験、共通言語を持っているという強みを地域社会に感じます。生の音楽が子どもの未来を育み、オーケストラは街に見守られながら育っていく。そうした顔が見える距離での関係性が、山形の音楽文化における最大の魅力です。
藤野:地域内に文化の共通言語がある。それは、芸術文化と社会の発展のために大切なことですね。芸術文化観光専門職大学では、ひとつの分野のプロフェッショナルを輩出するというよりも、たとえば芸術文化と観光、アートと地場産業といった分野の垣根を越えること、言い換えれば"越境"して地域に新しい価値を生み出していく人材の育成を目標にしています。西濱さんは山響を通じて、さまざまな分野とコラボレーションして来られたフロントランナーですが、実際にどのような取り組みをされてきたか、ご紹介いただけますか?
「さくらんぼコンサート東京公演2018」での物産展は、百貨店の催事のように賑わった
西濱:観光とのコラボレーションとしては「さくらんぼコンサート」というものがあって、首都圏、関西圏という2大観光市場で山形の魅力をアピールする定期的な取り組みです。コンサートを行うだけではなく、会場で物産展を開いて、山形の魅力も持ち帰っていただいています。大阪での公演は10回以上続けてきて、地方の楽団でこれだけ開催しているところはほかにあまりないはず。山形の食料自給率は140%で、さくらんぼを始めとする果物の名産地でもあります。美しい自然も、ほとんどの市町村に湧いている温泉も、外に向けて発信すべき山形の魅力です。
藤野:山響のキャッチフレーズは「山形の美を世界に伝える食と温泉の国のオーケストラ」ですね。観光資源の魅力を発信する取り組みは、ほかにありますか?
2018年に行われた「出羽三山シンフォニー」
西濱:出羽三山(でわさんざん)という日本遺産の霊山があって、連山のひとつである羽黒山の山頂の神社でフルオーケストラのコンサートを行っています。この活動は「スポーツ文化ツーリズムアワード 2020」を受賞しました。スポーツ庁、文化庁及び観光庁が推進する、スポーツや文化芸術と観光の活性化に向けた取り組みとして評価されたものです。演奏風景と景観の映像を撮影してYouTubeで公開し、歴史遺産の魅力を世界に向けて発信しました。また、昨年はコロナ禍でコンサートの無観客ライブ配信を10回以上行い、演奏の休憩時間には山形美術館や山形県立博物館といった地域の魅力も積極的にお伝えしていましたね。
藤野:ネット配信サービスを使った無料配信ではリアルタイムで3万人が視聴していて、そのうち7千人は海外からの視聴者だったと聞きました。世界と山形をつなぐ架け橋としても、山響が躍動していますね。
西濱:山響に着任してから多くの人の力を借りながらではありますが、定期公演の入場率を57%から90%に上げて、依頼公演の数は2倍以上に増やすことができました。アートマネージャーに求められる能力は、人を集めたり、つなげながら課題を乗り越えていく力でもあります。楽団員とスタッフを合わせて60名ほどの大所帯であるオーケストラなので、経営はもちろん大変な仕事。一人ひとりと丁寧に対話することを心がけています。きれいごとだけでは物事は進められないときもあるのですが、だからこそアートマネージャーが組織には必要なのです。
「さくらんぼコンサート大阪公演2019」プレトーク風景
~学生時代に触れた、生のオーケストラ~
藤野:アートマネジメントに興味を持つ学生の皆さんは、西濱さんがクラシック音楽に触れたきっかけや、現在のお仕事に就かれるまでの経緯にも関心があるかと思いますので、教えていただけますか?
西濱:クラシック音楽を好きになったのは、中学生のころです。音楽の授業で感想文を書く課題が出て、ベタではありますが、学校のスピーカーで聴いたチェコのスメタナ作曲の交響詩「モルダウ」に感動しました。もっと聴きたかったものの、当時はクラシックのCDがなかったのでコンサートへ行くことに。直感的にレコードではなく、生で聴きたいと思ったんです。それで、当時初来日していたプラハ交響楽団の演奏を大阪のフェスティバルホールで聴いて以来、ますますのめりこんで、大学卒業までに計1200回ほどコンサートを鑑賞しました。
藤野:3日に1回くらいのペースですよね。そこまで夢中になってコンサートホールへ足を運んで、ご自身のなかでどのような力が培われましたか?
西濱:音楽に対する価値基準が養われました。学生時代は音楽ジャーナリストになりたくて勉強もしていたのですが、鑑賞したコンサートに対するプロの批評家と自分の評価が全然違うことに悩む時期もありました。ですが、鑑賞経験を重ねるなかで、自分で良し悪しを判断することの大切さを学びました。価値観は自分でつくるもので、それには膨大な知識と経験が必要です。働いて得たお金でチケットを買って、自分自身の感覚で舞台芸術の素晴らしさを理解する。感性を養うことこそが、アートマネージャーに求められる資質のひとつだと思います。
藤野:クラシック音楽に興味を持たれて、プレーヤーではなくマネジメント側に携わることになったのはなぜでしょうか?
西濱:若いころからおぼろげながら、舞台芸術には世界の人の心を変える力があると感じていました。ただ、楽器を演奏することには興味がなくて、才能あふれる人をマネジメントして社会を豊かにすることに関わりたいと思って、関西フィルに入ることに。16年間勤めて、経営状況の改善や、オーギュスタン・デュメイというヴァイオリニストで指揮者としても活躍する世界的な音楽家との契約、ヨーロッパツアーなどを行いました。その後は教育事業に携わって、ご縁をいただいた山響で2015年5月から働いています。
~アートマネジメントに求められる力~
藤野:本学の学生、あるいは、入学を考えている人のなかにはアートマネジメントに携わりたい学生がいます。また、アートの力によって自分が生まれ育った故郷や街を元気にしたいという学生もいます。そうした学生に向けたメッセージをいただけますでしょうか。
西濱:やまぎん県民ホールという場所は、2019年にプレオープンしました。すると、仕事を求めて東京に行ってしまった人たちが戻ってきたんです。ここで働きたいからです。山形という東北の地方都市において、魅力的な仕事があるかどうか、ということは若い人にとってとても大事なんです。アートマネジメントというものは、それくらい人の心を動かす仕事になりつつあるということは、私からぜひお伝えしたいことです。アートマネージャーを志す人には、好奇心を徹底的に磨いてほしいですね。そして、これが好きだという思いをとことん追求する。あとは、何も知らない環境に飛び込む勇気。拒絶されても、対立が起きても、経験を積みながら多様な人とコミュニケーションする術をしなやかな心で獲得していってください。あなたという人を起点につながっていくのが、アートマネジメントという仕事です。
藤野:西濱さん、素晴らしいお話をありがとうございました。心から共感するお話でした。興味を持った学生には、ぜひ山響の音楽、そして山形の魅力を生で体験してもらいたいですね。
西濱:こちらこそ、貴重なお時間をありがとうございました。学生の皆さん、ぜひ自分のお金でチケットを買って、コンサートを体験してみてください。聴衆や市民の気持ちが分かる、最高のアートマネージャーへの第一歩になるはずです。
◆プロフィール
西濱秀樹
公益社団法人 山形交響楽協会専務理事 兼 事務局長/公益社団法人 日本オーケストラ連盟専務理事
1971年生まれ。関西学院大学社会学部卒業。1995年の楽団存続を訴えるシンポジウムでの発言をきっかけに、関西フィルハーモニー管弦楽団に入社。2003年から2011年まで理事・事務局長を務め、楽団の法人化と黒字化を達成。支援体制の構築、世界的音楽家オーギュスタン・デュメイの招聘など、同楽団発展の基礎を作った後、2011年8月から教育事業に携わる。2015年5月より、山形交響楽協会専務理事兼事務局長に。2019年から日本オーケストラ連盟専務理事を兼務。コンサートでは、司会なども務め、クラシック・オーケストラが身近に感じられる企画を展開している。
藤野一夫
芸術文化観光専門職大学 副学長
1958年東京都生まれ。専門はドイツ思想史、音楽文化論、文化政策学、アートマネジメントなど。日本文化政策学会副会長、(公財)びわ湖芸術文化財団理事、(公財)神戸市民文化振興財団理事ほか、数多くの自治体文化政策に関わる。
◆取材・撮影協力
みんぐるやまがた(公益財団法人山形県生涯学習文化財団、公益社団法人 山形交響楽協会、サントリーパブリシティサービス株式会社)
撮影場所:やまぎん県民ホール(山形県総合文化芸術館/山形市双葉町1-2-38)
◆対談の様子はこちら↓
【FULL Version】 https://www.youtube.com/watch?v=99p23DjqDzs
【SHORT Version】 https://www.youtube.com/watch?v=kLm3c8DDo68